もんちゃんの雑学集

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西郷隆盛の過酷なダイエットは、彼の人生を狂わせた!?

今日のお題は「西郷隆盛」という事で、色々と調べてみました。

そうしたら、“メタボ”は現代病かと思ったら、「西郷隆盛氏も苦しんでいた」という情報を入手した管理人は、どういうことだったのか更に調べてみましたので、今日はそちらをお届けしたいと思います。

 

まず、西郷氏は巨漢でしたが、若い頃は貧乏で粗食に耐え、沖永良部島に流された時は食べ物を満足に与えられませんでした。討幕に奔走していた時も肥満とは無縁だったのですが、40歳を過ぎて新政府の参議となり、高い俸禄を得てデスクワークをするようになると、たちまち太り始めました。

西郷氏は、薩摩の郷土料理「豚骨」に目がなかったそうです。今の一般的な豚骨のイメージとは異なり、骨付き豚肉のぶつ切りを桜島大根と一緒に鍋で煮込み、黒糖や麦味噌、焼酎で味付けしたもので、相当なカロリーがありました。

白米やウナギの蒲焼もよく食べ、下戸で甘い砂糖菓子も好物だったというから、太るのは無理もありません。

今も残る軍服のサイズから推測される西郷の身長は178センチ、体重は108キロもあったといいます。

高脂血症による動脈硬化のためか、胸の痛みを訴えるようになり、心配した明治天皇は、ドイツから招いた天皇の侍医、テオドール・ホフマンに西郷氏を診察させました。

天皇の命だから、結果を出さないといけないと、西郷氏を“メタボ”と診断したホフマンは過激なダイエットを課し、これが西郷氏の運命を変えました。

西郷氏の“メタボ”は危険な状態と判断したホフマンは、下剤(ひまし油)を15回飲むよう処方し、白米や豚肉の摂取を控えるよう指示し、運動も散歩程度ではダメだと山歩きを課しました。

今は医師によるダイエットは綿密なスケジュールを組み、健康状態を細かくチェックしながら進められ、危険な下剤ダイエットは行いませんが、西郷氏は下剤と炭水化物抜きの厳しいダイエットに同時に取り組み、山歩きのため愛犬を連れてウサギ狩りにいそしむようになります。

効果は覿面で、西郷氏の体重は3年で80キロまで減ったそうです。

 

しかし、その副作用も大きかったのです。

もともと胃腸が丈夫でなかったところに下剤を頻繁に飲んだため胃腸がますます弱くなり、150回以上便所に駆け込んだこともあったといいます。

この影響で、精神も相当参ってしまったようです。

 

歴史学者の家近良樹さんは近著『西郷隆盛』(ミネルヴァ書房)で、西郷氏が唐突に朝鮮使節を志願した背景には、体調不良や精神的な異常があったと指摘しています。西郷氏は板垣退助氏に送った手紙で「朝鮮との交渉が失敗しても、自分が死ねばいい」などと、自暴自棄とも取れる発言を繰り返しました。

朝鮮派遣が大久保利通氏らの反対で中止されると、西郷氏は下野し、西南戦争で逆賊となり、自害しました。

ホフマンのダイエット指導がもう少し緩やかなものだったら征韓論政変はなかったか、逆に動脈硬化が元で命がなかったかこれは神のみぞ知るとしか言いようがありません。

 

明治天皇は西郷氏の死を大変悲しみ、自害翌日には皇后らに西郷氏の死を悼む歌を詠ませました。西郷氏の死後、自らウサギ狩りを始めたのも、西郷を偲ぶ気持ちからだったという見方があります。

 

悲しい結末になってしまいましたが、如何だったでしょうか。

何事も、やり過ぎは精神を蝕み、良くないということでしょうか。

しかし、太り過ぎててもいけないので、何事も標準が1番ですね。